2022.12.16

【ぼくのおじさん/MON ONCLE×PAUL STUART SPECIAL INTERVIEW】 山下英介が鴨志田康人に聞いてみた!―― N.Y.トラッドってアメトラとなにが違うの?(後編)

 

ポール・スチュアートのウェブサイトに、話題のWebマガジン「ぼくのおじさん/MON ONCLE」がお引っ越し!――メンズのクラシックファッションを得意として、クリエイティブディレクター/編集/ライター/カタログ製作などを手がける山下英介氏が、ポール・スチュアートのディレクター鴨志田康人にロングインタビューを敢行。山下氏が運営するWebマガジン「ぼくのおじさん/MON ONCLE」でインタビューの前編を、こちらで後編を同時に公開します。
取材のテーマは、「僕たちが知っているアメトラ」。若者たちの間では、ビームス~雑誌POPEYE~ラルフローレン史観に基づいたアメトラは今も高い人気を誇っていますが、その発信地・中心地であった本当のニューヨークトラッドを語り合います。

 

前編を掲載しているwebメディア「ぼくのおじさん」はこちら

 

Photo. & Text. Eisuke Yamashita(MON ONCLE)
Edit. FUTURE INN

 

 

1980年代、ニューヨークのセレクトショップ事情

 

――今やインターナショナルブランドの旗艦店ばかりになってしまったニューヨークですが、80年代はまだインディペンデントなショップがあったんですか?

 

鴨志田康人(以下、鴨志田) ニューヨークだけど「サンフランシスコ」というセレクトショップ。ここはそれこそウディ・アレンやダイアン・キートンたちが通っていて、70年代のニューヨークトラッドにおける聖地と呼ばれていました。ポーターの吉田克幸さんは、ここで認められて成功したんですよ。たしかレキシントンAVE.にあったんだよな……。マジソンの70番台くらいの角をちょっと入ったあたりで、いい古本屋さんがあったりして、とても静かで文化的なエリアでしたね。あとは「ピーター・エリオット」とか、「トリプラー」あたりかな。

 

『MEN’S CLUB』ニューヨークトラッド別冊の、ショップカタログにて。
かつてのニューヨークに存在した、今はなきセレクトショップが多数紹介されている。なぜ「サンフランシスコ」という店名なのかは不明。

 

 

――ぜんぜん知らないです(笑)。

 

鴨志田 そうなの? 「テンダーボタン」くらいは知ってるでしょ?

 

――まったく。

 

鴨志田 ブレザーボタンを買うならここってくらい有名だった、アイビー少年の聖地です。今もあるけど、もう衰退しちゃいましたね。

 

――不勉強ですみません(笑)。でも、当時の雑誌を見ると、今のニューヨーク・マンハッタンエリアとは別世界ですね。独立系のセレクトショップがたくさんあるし、まだ地元感が残っているというか。

 

鴨志田 かろうじてね。しかし今もそうですが、間違いなく当時のニューヨークは世界一の都市だったので、そこで認められることは、メジャーリーグで成功するのと同じ意味を持っていました。だからみんな、ニューヨークへの売り込みには気合がはいっていましたよね。だってピッティのクラシコイタリア協会だって、ニューヨークで成功するためにつくられたものですから。

 

――そうだったんですか?

 

鴨志田 ええ。協会をつくってブランディングして、みんなでアメリカに売り込もう、という目的で、1986年に立ち上げたんです。もともと1980年代まで、イタリアのブランドなんて、デザイナーズ以外は一般的には知られていなかったんです。サルトリアはあくまで地元民のためのものだったし。それがみんなで協力し合うことで、1990年代にニューヨークで大成功して、各百貨店にクラシコイタリアコーナーができた。それがいわゆる〝クラシコイタリア〟のルーツなわけですよ。

 

――そうか、クラシコイタリアはニューヨークありきの現象だったのか……。やっぱりニューヨークは今も昔も世界最大の消費地なんですね。

 

鴨志田 そのなかでもポール・スチュアートは特別なショップで、1958年から社長を務めていたクリフォード・グロットさんは、最大級のカリスマでした。ピッティの会場を彼が歩いているだけで、みんながザワザワしていましたよ。「Mr.グロットがうちのブースに来たぞ」って(笑)。

 

こちらも『MEN’S CLUB』ニューヨークトラッド別冊。曰く「ポール・スチュアートはニューヨークのヤングエグゼクティブの間で
最も評価の高いトラディショナル・ショップだ」との記載が。当時から称賛されていたディスプレイの美しさは、今も健在。

 

 

――でも、買い付けたものもぜんぶポール・スチュアートネームで売られるわけですよね? 

 

鴨志田 それでも、みんな納得しているし、自慢なんです(笑)。お墨付きということだよね。

 

 

ポール・スチュアートって、アメトラとなにが違うの?

 

――私は2012年にポール・スチュアートのお店で取材をしたことがありますが、確かにそれだけの規模と威容をもつ空間でしたね。1万着が並ぶスーツ売り場もすごかったですが、特にセーターや靴下などを扱うハバダッシャリー(洋品)コーナーは圧巻でした。パリにシャルベやアルニスがあるように、ニューヨークにはポール・スチュアートがあるんだな、と。素材にせよ色使いにせよ、いい意味でまったく可愛げのない、大人のスタイルですよね。

 

 

鴨志田 本当にそうですね。ほかとは全く違います。そもそもポール・スチュアートのルーツは、ぼくたちの言葉でいうところのセレクトショップなんです。ポール・スチュアートは1938年の創業以来、メンズファッションの本場である英国の洋品を買い付けて販売していました。しかし1958年に社長に就任した、先代のMr.グロットさんの審美眼が、このブランドの毛色を一変させます。
彼は1960~70年代頃から、衰退し始めた英国のものづくりをある程度見限って、よりクオリティの高いイタリアものを輸入し始めた。そして従来のトラッドにヨーロッパの繊細なエレガンスを加え、大人の成熟したスタイルにアップデートさせたんです。それがニューヨークトラッドにおけるひとつの象徴となったことは間違いないでしょう。

 

鴨志田さんが所有するポール・スチュアートの古いワードローブ。
ブランドのアイコンであるタイロッケンコートのタグには、MADE IN ENGLANDと記されている。

 


――なるほど。より成熟したスタイルっていうのは間違いなさそうですね。それに対して今の若い人たちがいうトラッドって、ある意味、制服由来のスタイルなんですよね。ブルックス ブラザーズにせよ、J.PRESSにせよ、もともとそういうルーツのブランドですし。

 

鴨志田 もちろん。そういう顧客のためのものですから、よくも悪くもあまり個性が出しゃばらない簡潔なスタイルが〝いわゆる〟アメトラです。だからポール・スチュアートが異質に見えるのはそういうところですよね。ローファーに例えると、ブルックス ブラザーズがオールデン、ラルフ ローレンがキャンプモックだとしたら、ポール・スチュアートはグッチあたりのビットローファーですよね。

 

 

――さすが鴨志田さん! じゃあJ.PRESSは?

 

鴨志田 BASSのビーフロールかな(笑)。

 

――納得です(笑)。確かに、ほかと較べるとポール・スチュアートはかなり嗜好性の高いスタイルですよね。色っぽくて、情緒を大切にしているというか。

 

鴨志田 情緒的っていうのはひとつありますよね。ただ、自分のルーツはアイビーですから、「洋服で個性を出すなんて格好悪い」という刷り込みは今でもどこかにある。だから白かブルーのボタンダウンシャツにレジメンタルタイ、スーツかブレザーっていう制服のような装いは、本来大好きなんですよ。その反面、美術大学に通っていた頃からは洋服を通して自分の主張を表現したいという思いも強まってきて、さらにヨーロッパの自由さを目の当たりにしたことによって、その思考回路は大きく変わっていきました。そんな自分がつくっているのが、今のポール・スチュアートなんですよ。

 

――アメリカ西海岸、東海岸、英国、ヨーロッパ……。いろんな国の要素が絡み合うその個人史は、ある意味ポール・スチュアートの歴史と重なるかもしれませんね! ぼくたちの世代的には、鴨志田さんってクラシコイタリアの象徴みたいなイメージになっちゃっていますが……。

 

鴨志田 なっちゃってますよね。残念ながら(笑)。

 

――やっぱりちょっと不本意なところもあったりするんですか?

 

鴨志田 もちろんありますが、それはしょうがないですよね。それでビジネス的に成功したこともあるし、クラシコイタリアから学んだことは大きいし。そもそもクラシコイタリアの存在がなかったら、英国のトラッドは継承されていなかったと思いますしね。クラシコイタリアのおかげで、それまでマンネリ化しつつあったクラシックスタイルが息を吹き返しましたから。

 

――そういう一筋縄ではいかない複雑な嗜好とファッション遍歴をもつ鴨志田さんがつくるから、今のポール・スチュアートは本来の魅力が活かされているのだと思いますが。

 

鴨志田 ぼくの今のミッションでいうと、さらに日本という要素が加わってくるから悩ましいのですが(笑)、最も輝いていた時代のニューヨークを、いかに現代の日本人の嗜好にフィットさせるか、という試みはこれからも続けていこうと思っています。来年くらいからはまたニューヨークに行けそうだし(笑)。

 

 

――そろそろ海外旅行も気軽に楽しめそうですもんね。やっぱりプライベートの旅でもニューヨークがお好きなんですか? 

 

鴨志田 いや、旅行ならやっぱりウエストコーストかな。仕事を忘れて適当にドライブしているときが最高ですよね。昔ロサンゼルスからサンフランシスコまで、寄り道してモーテルに泊まりながら旅したんですが、あれは本当に気持ちよかったなあ……。

 

――再来年あたり、コレクションがいきなり西海岸テイストに変わってたりして(笑)。でも、そんな繊細でアーティスティックで一筋縄ではいかない鴨志田さんのクリエーションを、これからも楽しみにしています!

 

 

【取材を終えて(鴨志田康人)】

昭和な佇まいの空間と山下さんの人柄が噛み合って、居心地良く会話ができました。おまけに70~80年代の昔話をしていたので、完全にタイムトリップしちゃいました(笑)。

 

 

Photo. Yoshimi Seida

 

 Photo. Yoshimi Seida

 

 

Photo. Yoshimi Seida

 

 

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※SANYO iStore・公式サイトは対象外となります。
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ポール・スチュアート 青山本店
TEL 03-6384-5763
東京都港区北青山二丁目14-4 ジ アーガイル アオヤマ 1F
営業時間 11:00~20:00
併設するバー「THE COPPER ROOM(ザ コッパー ルーム)」
18:00~24:00 ※同一テーブルでの会食は4人以内
※酒類の提供を再開しております
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