遠くの目標より、いますべき大事なことは必ず身近にある─小橋賢児(LeaR 代表取締役/クリエイティブディレクター) 中編
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遠くの目標より、いますべき大事なことは必ず身近にある─小橋賢児(LeaR 代表取締役/クリエイティブディレクター) 中編

時代が注目するキーパーソンにポール・スチュアートが迫る「STYLE SESSION」。今回のゲストは小橋賢児さん。幼少期より芸能界で活動し、NHKの連ドラに出演するなどしてキャリアを重ねながらも、2007年に俳優活動を休業。現在では世界屈指のビッグフェス『ULTRA MUSIC FESTIVAL』の日本上陸版「ULTRA JAPAN」クリエイティブディレクターを務めるなど、マルチクリエイターとして活躍している。今回はそんな小橋さんがポール・スチュアートのスーツを着用。ファッションへのこだわりはもちろん、紆余曲折を経て実現した現在のビジネスに対する思いもあわせて語っていただきました。

Photo. Hideyuki Seta / Text. Kei Osawa / Edit. Pomalo Inc.


俳優を休業して渡米。自分に嘘をつきたくなかった


― 順調だった俳優活動を休業することに、不安はなかったのでしょうか?

それはもう、不安しかなかったですよ(笑)。「よく(芸能界を)飛び出せましたね」って言われますけど、その当時は将来に対して漠然と不安しかなくて、今ずっとこのまま(芸能界に)いたらヤバいなって思っていました。何かを求めてドロップアウトをしたというよりも、どちらかといえば現状から、また日本から逃げ出したかったという方が正しい感覚です。

― その不安はいつからあったのですか?

わりと早い段階から抱いていましたね。子供って、思いたったら即行動をするじゃないですか。だから失敗もするけど、そこから学んでいくっていう。僕の場合は俳優という職業柄もあって、子供の頃から周りに大人がいたせいか、自然と"空気を読む"ということが身についてしまい、そのクセが大人になってからすごい足かせになってしまっていたんです。思い立って行動したいと思っても「あ、でも怒られるかな」って考えちゃって思考の段階で止めちゃうんですよね。それが自分の感覚を否定するみたいですごく辛くて。そうなってくると何をするにも苦しくなるから、結局感覚をオフにするようになってしまったんです。そんな不感症みたいな時期が長年続いて、このままだと人としてまずい、新たな感覚に出会わなきゃって思うようになっていきました。俳優をそのまま続けていれば今後、それなりのポジションでそれなりの生活は送れると思ってはいましたが、でも自分に嘘をついてまでその生活を続けても、それは本当の自分なのかなって。それを考えたらものすごく怖くなって、何もかも捨ててアメリカに渡りました。

― 数年後には今のようになっているという想像はできていましたか?

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全然なかったです。僕は今までの人生で、自分が思い描いていた夢がそのままリアルに実現したことが一度もないですから。どちらかと言えば、全然予想していなかったことばかりで、現状も例外ではないです。俳優業をするきっかけになったのも、バラエティー番組を見ていたら同年代の子供たちがたくさん出ていて、そこに『新レギュラー募集中』と出ていたのを観覧希望だと思って応募したらオーディションの通知がきて、それに受かったっていう勘違いから始まっているんですよね。イベント業界に身を置くことになったのも俳優業を休業したあと、世界中の色々なイベントに出会ったことが大きかったです。イベントって、国籍や人種など様々な人たちが集まりますが、音楽という共通言語を通じてコミュニケーションをはかるっていう。
もちろんそこに日本で疑問に思っていたことに対する答えは教えてもらえないですが、気づきのきっかけにはなると思ったんですよね。実際、悩んでいたのに気持ちが晴れましたから。でも日本に帰ってきてすぐイベントをやろうなんてまったく思っていませんでしたし、30代直前にお金も仕事もなくなり、すべてが無くなってストレスで体を壊してしまって、そのときはさすがにキツかったですね。


目標はあくまで目標。目の前にあることをしっかりとこなす


― それは大変でしたね。

そのときに、病気を理由に夢を諦めるか、もしくは病気を治してもう一度自分の人生をやり直すかっていうときに、後者を選んだんですよね。当時の近い目標として、30歳の誕生日は『自分がもてなされるよりももてなせ』というテーマを掲げ誕生日会をイベント化することにしました。それまでに体を治すと決めて、海のそばに引っ越して、自然療法やトレイルランニング、ライフセービングのトレーニングとかして体を治しました。自分の誕生日を成功させたあとは色んな場所で、誕生日やイベントを開催していたのですが、それを続けていたらある日、企業の方から一緒にやらないかって声をかけて頂いたんです。それまでは何も特別なことはしていなくて、単純に目の前のことを一つずつ丁寧にやっていたら、気づいたら出来上がっていたというだけの話で。将来の夢を持つことは悪いことではないと思いますが、時代と世の中は常に変化をしているから、そこに縛られてしまうと大事なことを見失いがちじゃないですか。目の前にやるべきことがたくさんあるのに、その夢があるから(目の前のことを)やらないというのは違うかなと。むしろ自分の手で夢を作っていく方が、おもしろいと思うんですよね。

― おしなべて成功している人は、ふとしたことから広がっている人が多いですよね。

僕が成功しているかわはわかりませんが。ただ僕は山登りをするんですけど、山の頂上に登ったらどんなに気持ちが良いだろうって想像はしますけど、ずっと頂上を見て歩き続ける人なんていないじゃないですか。とにかく目の前にある一歩一歩を大事にして歩き続けることが大事なわけで。もしかしたら、登山の途中で別の素敵な山道が見つかる可能性もあるわけですし、はたまた別の山の頂上が気になって、目指していた山の頂上とは別の山を目指すことだってあるわけじゃないですか。それがあってもいいと思うんですよね。


(小橋 賢児様着用アイテム)
SUIT ¥120,000(+TAX)
SHIRT ¥26,000(+TAX)
VEST ¥36,000(+TAX)
TIE ¥18,000(+TAX)
TIE BAR ¥7,000(+TAX)
POCKET SQUARE ¥6,500(+TAX)

問い合わせ先/ポール・スチュアート 青山店 Tel.03-3406-8121

PEOPLE PROFILE

小橋 賢児 Kenji Kohashi
LeaR inc. 代表取締役/クリエイティブディレクター

1979年、東京都生まれ。8才で芸能界デビューし、ドラマや映画を中心に多くの作品に出演し人気俳優となるも、2007年に可能性を広げたいという思いから、俳優活動を休業し渡米。帰国後の'09年にはイタリア、スペイン、アイルランドとの合作映画『Imago Mortis』に出演する。そして'12年に作家・自由人の髙橋歩氏の旅に同行し制作した映画『DON'T STOP!』で映画監督としてデビュー。現在は世界最大級のエレクトロダンスミュージックフェスティバル『ULTRA MUSIC FESTIVAL』や『Dîner en Blanc』など海外イベントを日本に紹介し、それぞれのクリエイティブディレクターを務める。2017年には、伝統を革新させた未来型花火エンターテイメント『STAR ISLAND』も開催し成功を収めるなど、俳優という枠を超えマルチに活躍している。

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